市場・顧客知能
概要と対象範囲
市場・顧客・競合の認識を継続的に取り込み、組織判断の前提を更新し続ける営み。CMO Marketing OS Playbook の中で 観測・データ収集段の主たる知識エリアである。
本章の射程は次の 3 つに分かれる:
- 顧客の認識: JTBD、購買決定要因、離脱理由、未充足ニーズ
- 市場の認識: 業界構造、競合動向、プラットフォーム仕様、規制環境
- 自社実績の認識: 過去施策の成否、ベースライン、ファネル現状値
これら 3 つを統合した「組織が今何を理解しているか」を可視化することが、本章の中心命題である。ICP・ポジショニングの決定(../icp-positioning/)と、JTBD のプロダクト適用(../product-marketing-jtbd.md)は本章の下流に位置する。
Marketing OS の独自貢献は Customer Sync を独立した観測対象として置く構造である。ICP 仮説と顧客実態を別の記録として分けて保つことで、ズレが構造的に検出される(../../foundations/principles.md Principle 4)。
業界トレンドと新興手法
- 顧客フィードバックの自動集約: 営業ログ / サポート問い合わせ / SNS 言及 / レビュー / 通話録音を LLM で構造化
- リアルタイム VoC(Voice of Customer): ダッシュボード化された連続観測
- 競合インテリの自動化: 競合 SERP・広告ライブラリ・プレスリリースの継続監視
- AI 駆動のセグメンテーション: クラスタリングではなく、JTBD ベースの動的セグメント生成
- 生成的市場リサーチ: AI による仮想顧客との対話シミュレーション(ただし実顧客の代替にはならない)
新興手法は速度を上げるが、Customer Sync の独立性(生の声を内部仮説と混ぜない)を犠牲にしないことが本領域の規律である。
テーラリング
| 文脈 | 重点 |
|---|---|
| B2B エンタープライズ | Win / Loss / Churn インタビューを構造化。商談プロセスへの埋め込み |
| B2B SaaS | プロダクト内行動データ + 顧客成功(CS)チームへのヒアリング |
| D2C | レビュー・SNS 言及・購買履歴のクラスタリング |
| リテール | 店舗での観察・接客ログ・ロイヤルティデータ |
| 規制業種 | プライバシー制約下での同意ベース VoC、規制動向の継続監視 |
| スタートアップ(PMF 前) | 個別インタビュー重視。N1 から始め、5 セグメントを徐々に埋める |
スタートアップは特に「定性 1 件 = E1(単発観測)」の認識を維持しないと、N1 の声を全顧客の声として誤認しやすい(Evidence Level の運用、../../foundations/cycle.md §2.6.3)。
プロセス(マーケティングサイクル × ITTO)
観測・データ収集段のプロセス
観測対象の運用:
Team Sync: チーム内で何が「分かっているつもり」になっているかを可視化
Customer Sync:
customer-signal.mdに顧客の生の声を独立保管Market Sync: 競合・プラットフォーム・規制の揮発情報を
knowledge/marketing/tool/に取り込むPerformance Sync: 自社実績数値を
results/に記録投入物(Inputs): 営業・サポート・解約ログ / 競合 SERP・広告ライブラリ / 売上・実績数値 / チーム内独立記述
手法と道具(Tools & Techniques): Win / Loss / Churn インタビュー、N1 分析、Switch Interview、競合スタック調査、ベースライン記録
産出物(Outputs): 観測対象別レポート、ICP 仮説 vs 実態差分リスト、Performance ベースライン
理解・分析する段のプロセス
- 投入物: 観測・データ収集段の観測対象レポート
- 手法と道具: 4 視点切替(CEO / Consultant / Gemba / Customer)、JTBD 抽出、Forces of Progress、Problem エリアと Solution エリアの区別
- 産出物: JTBD 言語化、ICP ギャップ仕様、競合ポジショニングマップ、未充足ニーズリスト
再構築段のプロセス
- 投入物: 顧客実態と ICP 仮説のズレリスト
- 手法と道具: 棄却すべき ICP 像の機械的列挙、誤って前提化された顧客像の検出
- 産出物: 再構築決定(古い ICP / 過去の成功事例の過剰一般化 / 経営の希望的観測)
起動・実装する段のプロセス
- 投入物: 検証済み JTBD・新 ICP 仮説
- 手法と道具: セグメント定義の本番反映、配信ターゲティング更新、メッセージング更新
- 産出物: 配信ターゲット定義、計測同時着地
学ぶ段のプロセス
- 投入物: 配信後の反応データ、定性フィードバック
- 手法と道具: Evidence Level 判定、ICP の更新承認、JTBD の検証
- 産出物: 検証済み ICP(E3)、profile への書き戻し
タクティカル・プレイブック(L3)
顧客インタビュー設計(JTBD ベース)
基本フォーマット
[いつ] のとき、[誰] は [動機] を満たしたいので、
[これまでの解決手段] ではなく [自社の解決手段] を雇った。
[期待された結果] が得られた / 得られなかった。
Switch Interview の 6 タイミング
顧客が「乗り換える」瞬間に焦点を当てて聞く:
- 初めて問題を意識した瞬間(First Thought)
- 解決策を探し始めた瞬間(Active Search)
- 候補を絞った瞬間(Consideration)
- 購入を決めた瞬間(Purchase)
- 使い始めた瞬間(First Use)
- 継続 / 解約を決めた瞬間(Continuation / Churn)
各タイミングで「何が起きたか」「何を考えたか」「何が決め手になったか」を時系列で聞く。仮説検証ではなく、観察モードで進める。
The Mom Test — 聞き方の罠を避ける
- 仮説に同意してもらう質問をしない(「〜だと思いますか?」は誘導)
- 過去の行動を聞く(「最近、〜したのはいつですか?」)
- 一般論を聞かない(「普通、〜しますか?」ではなく「あなたは先週〜しましたか?」)
N1 分析(西口一希)
特定の 1 人を徹底的に理解する。N1 から始めて、9 セグメント(5 つの顧客セグメント × 認知 / 未認知)に展開する:
- ロイヤル顧客(高頻度購入・継続)
- 一般顧客(購入経験あり・低頻度)
- 離反顧客(過去購入・現在離脱)
- 認知・未購買顧客(知っているが買わない)
- 未認知顧客(存在を知らない)
各セグメントで「なぜそうなったか」を 1 人に集中して掘る。
競合スタック調査
競合の全体像を構造化する:
- ポジショニング: メッセージング、想起カテゴリ、強み訴求
- チャネルミックス: ペイド / オウンド / アーンドの配分
- オファー: 価格、プラン、保証、トライアル条件
- 顧客接点: 商談プロセス、サポート、コミュニティ
- テクスタック: 利用ツールから推測される運用粒度
詳細手順は ../content-channel/ のタクティカル節と連携する。
市場規模推定(TAM / SAM / SOM)
- TAM (Total Addressable Market): 市場全体
- SAM (Serviceable Addressable Market): 自社が現実に届けうる範囲
- SOM (Serviceable Obtainable Market): 短中期で取りに行ける範囲
推定方法には Top-down(業界統計から逆算)と Bottom-up(自社実績の累積から外挿)がある。両者の差が大きい場合、どちらかの前提が誤っている。
アンチパターン
- ICP 仮説と顧客実態の混在: 同じドキュメントに両方書く。ズレが構造的に検出できなくなる(
../../foundations/principles.mdPrinciple 4 違反) - 定量データ偏重: 集計値だけを見て、顧客の生の言葉が profile に書き戻されない
- 定性データの過剰一般化: N1 インタビュー 1 件を全顧客の声として扱う(Evidence Level の運用違反)
- 誘導的なインタビュー: 仮説に同意してもらう質問をする。The Mom Test 違反
- 競合の表面模倣: 競合がやっているからやる。自社ポジショニングの放棄
- 市場規模の誇張: TAM だけ示して SAM / SOM を出さない。意思決定に使えない
- 顧客の声を「ノイズ」として処理: 期待外れの声を「特殊例」として除外し、profile を更新しない
- 古い ICP の温存: 新事実と矛盾する ICP を 再構築で再構築しない(停止記憶の欠落)
関連 skill / agent
/listen customer— Customer Sync の独立保管/listen market— Market Sync の取り込み/listen team-workspace— workspace 固有の認識整理/insight customer— 顧客視点の 理解・分析する/insight consultant— 第三者視点での競合・市場分析
skill ↔ process の完全な対応は ../../appendices/skill-mapping.md。
今後の拡張論点
- JTBD の所在 — 本章(Intelligence)と 09 章(プロダクトマーケティング・JTBD)の境界。発見プロセスは本章、適用は 09 章で合っているか
- Customer Sync の運用詳細 — 「顧客の生の声」をどこまで構造化するか。
customer-signal.mdの推奨スキーマを本章で定義するか、別ファイルに切るか - AI による VoC 自動集約と Evidence Level — LLM 集約された VoC は何 Level として扱うか。E1(単発観測の集合体)か E2(再現された傾向)か
- 競合インテリの倫理境界 — 公開情報の収集と、グレーゾーン(採用情報からの推測・社員の SNS 等)の境界
- 市場規模推定の必須度 — 基礎章として TAM / SAM / SOM を必ず扱うか、業種により省略可とするか